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福島地方裁判所 昭和29年(行)6号 判決

原告 神尾修

被告 国 外二名

主文

原告の農地売渡処分の無効確認を求める訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、福島県知事が別紙第一目録田の部3(B)、同第二目録田の部5(A)、9(D)、畑の部21(C)記載の土地に対してなした農地買収処分及び売渡処分が無効であることを確認する。二、被告国は原告に対し前記各土地につき昭和二四年八月四日福島地方法務局須賀川出張所受付第一一六七号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。三、被告安田は原告に対し前記A、B、Cの各土地につき昭和二四年一一月八日同出張所受付第一九三一号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。四、被告神尾武美は原告に対し前記の土地につき昭和二四年一一月八日同出張所受付第一九三一号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。五、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は従来別紙第一及び第二目録記載の農地合計二町七反七畝六歩を所有していたところ、訴外川東村農地委員会は別紙第一目録田の部3、畑の部8ないし11、同第二目録田の部5ないし9、畑の部7、8、21ないし、24・29、記載の各土地計一町五反八畝につき自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第二号にもとずき昭和二二年一二月一一日及び同月二〇日の決議により買収の時期を昭和二三年二月二日とする農地買収計画を樹立したと称して福島県農地委員会の承認を受けたので、福島県知事は右買収計画にもとずき同年九月五日買収令書を原告に交付して買収処分をなした。また川東村農地委員会は同年六月一六日の決議により右各土地のうち別紙第一目録田の部3(B)、同第二目録田の部5(A)、畑の部21(C)の土地については被告安田美明を売渡の相手方とし、別紙第二目録田の部9(D)の土地については被告神尾武美を売渡の相手方とする農地売渡計画を樹立したと称して福島県農地委員会の承認を受け、福島県知事は右売渡計画にもとずき右A、B、Cの各土地につき売渡の相手方を被告安田美明、右Dの土地につき売渡の相手方を被告神尾武美とする農地売渡処分をなした。而して前示各買収、売渡処分にもとずき前記A、B、C、Dの各土地につき昭和二四年八月四日福島地方法務局須賀川出張所受付第一一六七号をもつて被告国(但し農林省名義)のため所有権取得登記、同年一一月八日同出張所受付第一九三一号をもつて前記A、B、Cの各土地については被告安田美明のため、Dの土地については被告神尾武美のためそれぞれ所有権取得登記がなされた。

二、しかし右買収及び売渡処分には後記のとおり重大かつ明白な瑕疵があるのであるから、法律上当然無効である。

1、原告所有の土地のうち、少くとも別紙第一目録記載の土地は原告の自作地である。原告はこれらの土地を被告安田に耕作させたことはあるが、それは賃貸したものではなく、次のような経緯によるものである。原告には嗣子がないので昭和一八年三月二〇日原告の姪かねの夫である被告安田の二男幸次郎を養子とする相談が成立し、被告安田は右幸次郎が国民学校卒業後岩瀬農学校又は石川中学校に入学せしめ、同校卒業後幸次郎を原告の養子として家督を相続させることとし、右養子縁組まで原告は被告安田に原告所有家屋を使用させ農地を耕作させるという約束のもとに、当時常磐炭坑で坑夫をしていた被告安田を呼び戻し、同被告は同年四月二〇日裸一貫で家族と共に原告宅に転居して来たのであつて、爾来原告の住宅、倉庫、田畑、家具、農機具等の一切を使用し、事実上原告の家族の一員として農耕に従事し、原告の老毋と起居を共にしていたものである。すなわち被告安田は原告の小作人ではなく、原告の営農の補助者に過ぎない者であつて、原告名義の公租公課の負担は勿論金肥の買入、米殼の供出等は全部原告の責任においてなされ、被告安田は単に労働力を提供したに過ぎないのである。のみならず被告安田はその後右幸次郎の教育を怠り、義務教育たる新制中学へも入学せしめず、かつ原告の営農補助者としての管理事務をも怠つたので、昭和二〇年四月頃原告が勤務先である須賀川町より郷里川東村に転居した機会に被告安田と協議の上、同年一〇月一日同被告の営農補助者としての行為を全部やめさせると共に昭和二一年二月二五日前記幸次郎との養子縁組の予約を解除したものであつて、本件買収及び売渡処分当時においては、同被告は原告所有農地につさ耕作の業務に従事しておらず、原告が少くとも別紙第一目録記載の土地につき自ら耕作の業務に従事していたのである。

以上のとおりで、原告所有の小作地は多くとも別紙第二目録記載の合計二町一反六畝二九歩に過ぎないのであるから、福島県知事は自創法第三条第一項第二号により保有限度一町二反歩を控除した九反六畝二九歩を越えて原告の小作地を買収することはできないのにかゝわらず、前記のとおり一町三反二畝四歩の小作地を買収し、かつ自作地である別紙第一目録記載の土地のうち田の部3(B)外四筆の土地をも小作地として買収したものである。

2、本件買収及び売渡の手続には次のような瑕疵がある。

(イ)川東村農地委員会は昭和二二年一二月一一日「自創法第三条第五項第二号により原告の自作地と称する四反三畝のうち安田美明の耕作している三反歩を仮装自作地として認定買収する。」旨並びに「自創法第三条第一項第二号による保有小作地一町二反歩と同条第五項第二号による認定買収以外の一反歩の合計一町三反歩を原告の保有地とし、右以外の農地全部を買収する。」旨決議しながら、更に同月二〇日前記各土地を小作地として買収する旨決議しているが、これは明かに二重買収の違法決議であり、一事不再理の原則に悖るものである。

(ロ)福島県知事が買収した原告所有土地のうち別紙第二目録田の部9(D)の土地については、川東村農地委員会における買収計画の決議及び公告共になされていない。同委員会における昭和二二年一二月二〇日の会議の際提出された買収計画の議案には、買収すべき土地として原告所有土地のうち別紙第一目録田の部3、畑の部6、8ないし11、同第二目録田の部5ないし8、畑の部5、7、8、21ないし24、29の土地計田八反八畝二四歩、畑五反四畝一六歩、合計一町四反三畝一〇歩と表示されておつて、前記Dの土地は表示されていなかつたところ、同日の議事録には会議の席上安藤、大和田両委員の動議により、前記Dの土地をも買収すべき土地に加える旨の修正決議がなされたように記載されている、しかし川東村農地委員会議事規則第一〇条によれば、動議は賛成者三名以上がなければ議題とすることができないのであるから、右修正動議に賛成者があつた形跡がない本件では、同委員会が右動議を議題として審議の上、議決したものということはできないのである。仮に同委員会が前記Dの土地を買収計画に加える旨の修正決議をしたとしても、同委員会は右と同時にDの土地一反四畝二〇歩の代りに原告の小作人で余裕ある者(被告安田を指す。)に売渡すために買収すべき農地を減縮することに買収計画を修正する旨決議しているのであるる。従つて同委員会としては更に右一反四畝二〇歩に相応した減縮すべき農地を具体的に特定して決議しなければ買収計画につき決議がなされたということはできないのにかゝわらず、同委員会は同日右議案における買収すべき土地に前記Dの土地を加え、別紙第一目録畑の部6、同第二目録畑の部5の各土地を除き、その余の田一町三畝一四歩、畑四反四畝一六歩計一町四反八畝の農地につき買収計画が議決されたものとして県農地委員会の承認を受けたものである。右のとおり同委員会は減縮すべき土地を具体的に審議議決しなかつたのであるから、原告所有農地についての買収計画は内容不確定な計画として全部無効である。

(ハ)福島県知事の発行した本件買収令書には買収すべき畑の合計面積として四反四畝一六歩と表示されていたが、その後何人かゞ右頭文字の「四」をペン字で「五」と変造訂正して原告に交付した。しかし右訂正個所には知事の訂正印もないし、権限あるものによつて訂正された形跡もないので、右買収令書は変造文書であるというべく、従つて本件買収処分は当然無効である。

(ニ)川東村農地委員会は前記A、B、C、Dの各土地に対する売渡計画を実際は昭和二三年六月二六日に議決したのにかゝわらず、同月一六日に議決されたものとして同日から同月二六日までの間、これを公告、縦覧に供したのである。従つて本件売渡計画の公告はなかつたことに帰するのみならず、本件売渡処分は売渡計画樹立の日より前である同年二月二日になされているのであるから、当然無効といわねばならない。

三、よつて本件買収、売渡処分は全部無効であるが、原告はそのうち前記A、B、C、D四筆の土地についてのみ買収及び売渡処分の各無効確認を求め、被告国に対しては右各土地の所有権取得登記の抹消登記手続、被告安田美明に対しては前記A、B、Cの土地の所有権取得登記の抹消登記手続、被告神尾武美に対しては前記Dの土地の所有権取得登記手続を求める。(なお、被告等は昭和二九年八月三〇日午前九時の口頭弁論期日において別紙第一目録記載の土地は田の部3、畑の部8ないし11を除き原告の自作地であることを認めたのであるから、別紙第一目録記載の土地全部が小作地である旨の被告等の主張は自白の撤回であつて許されないものである。)

(証拠省略)

被告国、被告安田美明の各訴訟代理人及び被告神尾武美は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因一、の事実は全部認める。但し、本件買収計画樹立の年月日は昭和二二年一二月二〇日であり、原告所有土地は別紙第一、第二目録記載の土地のほか、福島県石川郡川東村(現在大東村)大字下小山田字孫八内一三番の二田一畝二歩、字関二二九番の二田二二歩があり、その合計面積は二町七反八畝二二歩である。

二、請求原因二、1、について

原告の姪の夫である被告安田が昭和一八年四月頃から川東村(現在は大東村)所在の原告所有家屋に居住し原告所有農地の一部を耕作したこと及び川東村における小作地保有面積が一町二反歩であることは認めるが、別紙第一目録記載の土地が原告の自作地であつたことは否認する。原告は早くから老毋一人を残したまゝ、所有農地の全部を小作に出して川東村を出て諸所で俸給生活を続けていた者であるが、昭和一八年頃福島県須賀川町(現在は市)に一戸を構え、同地の東洋計器株式会社疎開工場に勤務していた関係上、当時常磐炭坑で坑夫をしていた被告安田を川東村に呼び戻して原告所有家屋に住まわせ、所有農地の一部を賃貸耕作させると共に原告が他の小作人に耕作させている農地の管理や老毋の世話等に当らせた。その後賃貸条件、耕作面積に多少の変動はあつたが、本件買収処分当時被告安田は、原告所有農地のうち他の小作人が賃借していた別紙第二目録田の部9、畑の部25ないし29記載の土地を除く全部を小作料田は年玄米六俵、畑は年小麦二俵、大豆一俵、その外に季節の野菜を随時原告に提供すると共に、原告所有農地の公租公課を全部負担納入する、という約束で賃借耕作していたものである。尤も被告安田の右賃借農地のうち一部は原告の食糧給源とするため、対外部関係においては原告の自作地であるように仮装してはいたが、その実質は全部小作地であつたのである。

三、請求原因二、2について

(イ)川東村農地委員会が昭和二二年一二月一一日原告主張のような決議をしたことは認めるが、これは買収計画そのものについての決議ではなく、いわば買収計画樹立の方針に関する協議をしたに過ぎないのであるから、同委員会が同月二〇日原告主張のような決議をしても何等違法ではない。

(ロ)本件買収計画手続には原告主張のような瑕疵はない。川東村農地委員会は昭和二二年一二月二〇日の会議において、原告主張の議案につき審議の際、安藤、大和田両委員の提案にもとずき買収すべき土地として予定されたものに原告主張のDの土地を加え、その代りに別紙第一目録畑の部6、同第二目録畑の部5、の各土地を削除する旨の修正決議を経て本件買収計画を樹立し、同日から同月三〇日までこれを公告し縦覧に供したのである。

(ハ)本件買収令書に原告主張のような訂正がなされていることは認めるが、これは福島県知事から買収令書交付に関する事務を委託されていた川東村農地委員会の事務担当者において、誤記を訂正したものに過ぎないから変造ではない。

(ニ)川東村農地委員会が昭和二三年六月二六日に本件売渡計画を議決したのにかかわらず、同月一六日これを公告したことは認める。しかし右は便宜上あらかじめ各委員の諒解を得て売渡計画の公告縦覧だけをしておき、その間異議の申立がなかつたので一〇日後の同月二六日さきに公告した売渡計画を承認議決したものであるから、右は本件売渡処分の取消原因とはなつても無効原因となる瑕疵ではない。

(証拠省略)

理由

一、最初に行政処分の無効原因たる瑕疵の主張、立証責任について考えてみるに、行政処分はそれが不存在と認められる場合を除き、これに対する取消訴訟の出訴期間を経過した後は、たとえ瑕疵があつても有効であるのが法律上の原則であつて、その瑕疵が重大かつ明白なときに限り、例外として無効となるものと解すべきであるから、行政処分成立の原因はその行政処分が有効であると主張する者が主張、立証しなければならないけれども、その処分に重大かつ明白な瑕疵があることはその処分の無効を主張する者において主張、立証する責任を負うものと解すべきである。本件においてこれを見るに、福島県知事が昭和二三年九月五日原告主張の農地一町五反八畝歩につき、買収令書を原告に交付したことは当事者間に争がないところ、原告は右買収令書は変造文書であるから右令書の交付による買収処分は無効(不存在の意)であると主張する。しかし原告主張の変造部分は買収令書に記載された農地のうち畑の合計面積の記載であることは原告の主張自体明かであつて、本来数筆の農地を一通の買収令書により買収する場合においても、買収令書には買収すべき個々の農地の所在、地番、地目及び面積(自創法第九条第二項第一号、第六条第五項第二号)を記載すれば足り、その合計面積は記載を要しないものと解すべきであるから、仮に本件買収令書のうち原告主張の部分が変造にかゝるものであつたとしても買収令書自体の効力には何等の影響がないものといわねばならない。よつて右買収令書の交付によつて本件各土地の買収処分が成立したことは明かであるから、進んで本件買収処分に原告主張のような重大かつ明白な瑕疵があるか否かを判断する。

二、先ず本件買収処分が自創法第三条第一項第二号の所謂保有面積を超過した買収処分であるか否かについて検討する。

別紙第一、第二目録記載の土地が原告の所有であつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない丙第四号証、証人三瓶政美の証言(第一回)によれば原告は右のほか被告等主張の石川郡川東村(現大東村)大字下小山田字孫八内一三番の二田一畝二歩、同所字関二二九番の二田二二歩の土地もまた所有していたので、その総面積は二町七反八畝二七歩(丙第四号証中畑の合計面積一町二反八畝四歩とあるのは一町二反九畝一一歩の誤算である。)であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

而して別紙第二目録記載の土地が小作地であることは原告の明かに争わないところであるからこれを自白したものとみなし、その他の原告所有地が自作地であつたかどうかを次に検討する。(原告は被告等の「別紙第一目録記載の土地のうち田の部3、畑の部8ないし11を除く土地が小作地である」旨の主張は自白の撤回であるから許されないと主張するが、昭和二九年八月三〇日午前九時の口頭弁論期日における被告等の陳述の趣旨は別紙第一目録記載の土地のうち前記各土地を除く土地が自作地であることを認めたものではなく、せいぜい明かに争わないという趣旨に止まるものであるから、被告等が後に右土地が小作地である旨主張することは何等差支ないものである。)原告本人尋問の結果(第二回)及び被告安田本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認める甲第二三号証の一、二、第二四、二八号証、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認める甲第二九号証(但し原告と被告国との間では成立に争がない。)原告及び被告安田各本人尋問の結果(いずれも第一、二回)によれば、原告は昭和一八年頃から東洋計器株式会社の疎開工場に勤務するため故郷の川東村には老毋一人を残して須賀川町(現在は市)に居住していたが、実子がなく老毋の世話をして所有農地の管理、耕作に当る者がいなかつたので、被告安田(姪カネの夫であることは前顕)との間に、同被告の二男幸次郎(国民学校在学中)が将来岩瀬農学校又は石川中学校卒業後原告の養子とする予約を結び、同年四月頃当時常磐炭坑に勤務していた同被告を呼び戻し、川東村の原告所有家屋に居住させて老毋の世話をさせると共に原告所有農地の耕作、管理に当らせた(その頃から被告安田が原告所有家屋に居住し原告所有農地の一部を耕作したことは当事者間に争がない。)こと及び昭和二〇年四月頃原告が須賀川町から川東村に転居したことが各認められる。(右の被告安田が原告所有農地を耕作する法律関係の性質についてはしばらく措く。)原告は同年一〇月一日被告安田に原告所有農地を管理、耕作させることをやめ、以後少くとも別紙第一目録記載の農地については原告が自ら耕作の業務を営んだと主張するが、右主張に添う甲第一四ないし第二一号証、第二六号証の一ないし八、第三七、三九号証及び証人青木光治、安藤清正、原告本人(第一、二回)の各供述は後記各証拠に証拠に照らし信用せず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。却て成立に争のない丙第一ないし第三号証、被告安田本人尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認める甲第四八、四九号証(但し原告と被告国及び被告安田との間では成立に争がない。)、証人安藤重雄、三瓶政美(第二回)、安田留一の各証言及び被告安田本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は川東村に転居した後もその所有土地を現実に耕作したことはなく、本件買収処分当時別紙第二目録田の部9(D)、畑の部25ないし29記載の土地を除く原告所有土地全部についての現実の耕作者は被告安田であつたこと、及び昭和二〇年頃前記被告安田の二男幸次郎と原告との養子縁組の予約は、同人が岩瀬農学校にも石川中学校にも入学しなかつたため自然解消したので、被告安田は原告との間に同被告が現実に耕作していた農地につき改めて賃貸借契約を締結し、同年度以後原告の要求にかかるだけの小作料(金銭及び現物、但しその数額は明かでない。)を支払い、肥料等の購入、米殼等の供出、農地に対する租税、農業会の賦課金その他の公租公課の支払等も全部被告安田においてこれをなしたものであるが原告のため保有米を確保する必要から一部原告名義で肥料などを買つたり、原告も耕作の業務に従事するものの如く装つたものであつたことが認められる。尤も甲第九号証の二ないし五、第二二号証等には、原告が昭和二二年頃その所有農地の一部(その地番、合計面積は右各号証毎に異なる。)を自作し米殼等の供出を完了している旨の記載があるが、右各号証の記載に前記のような齟齬があること及び成立に争のない甲第三三号証証人安藤重雄、三瓶政美(第二回)、被告安田本人(第一、二回)の各供述に弁論の全趣旨を綜合すると、右は昭和二〇年頃における極度の食糧事情の因難に際会した当時原告は食糧確保の目的で保有米をとる手段として被告安田の同意を得て原告所有農地の一部を自作しているが如く装い川東村役場及び農業会に虚偽の届出をした結果被告安田が耕作する農地から原告名義の保有米をとることの承認を得たものであつたことが認められるから、これの存在は右認定の妨げとはならない。

そうであるとすれば前認定の原告所有土地二町七反八畝二七歩は全部小作地であつたといわねばならないところ、川東村における自創法第三条第一項第二号の所謂保有面積が一町二反であること及び福島県知事が買収した原告所有農地の面積が一町五反八畝であることは当事者間に争がないのであるから、本件買収処分が自創法第三条第一項第二号に違反する旨の原告の主張は採用の限りではない。

原告は別紙第一目録田の部3(D)記載の土地は自作地であるからこれを小作地としてなした本件買収処分は無効である、と主張するが、右土地が小作地であることは前認定のとおりであるから、原告の右主張もまた採用の限りではない。

三、次に本件買収計画手続の瑕疵に関する原告の主張(請求原因二2(イ)、(ロ))について判断するに、原告主張の瑕疵の存在を認めるに足りる証拠はない。却て成立に争のない甲第二号証、第四ないし第六号証、乙第一号証、公文書であるから真正に成立したものと認める甲第三五号証(但し原告と被告国及び被告安田との間においては成立に争がない。)、証人安藤源吾、吉田義雄、三瓶政美(第一、二回)、斉藤兵司、折笠貞義、松川要人、樫村欽吾(第一回)及び被告神尾武美本人尋問の結果(但し証人安藤源吾、吉田義雄、松川要人、被告神尾武美の各供述中後記信用しない部分を除く。)によれば、川東村農地委員会は昭和二二年一二月一一日の会議において原告所有農地の買収計画について審議した結果「原告から自作地として届出のあつた四反三畝のうち事実上被告安田が耕作していた三反歩は自創法第三条第五項第二号によつて認定買収をなし、原告から自作地として届出のなかつた農地は全部小作地として同法第三条第一項第二号により保有面積一町二反歩を残して全部買収する、」という方針で買収計画を樹立すべきことを決議し、書記に命じて右方針に従つた具体的な買収計画の案を作成させ、これを同月二〇日の会議に議案として提出させたところ、安藤、大和田両委員から、右議案においては買収すべき土地中に含まれていなかつた別紙第二目録田の部9(D)の土地をその小作人である被告神尾武美に売渡すため買収計画に加えるよう提案がなされ、同委員会はこれにもとずいて審議した結果、右土地を買収すべき土地に加え、その代り右議案においては買収すべき土地に含まれていた別紙第一目録畑の部6、同第二目録畑の部5の土地を買収計画から削除することに修正決議した上、前記方針を一部変更して本件各土地全部について自創法第三条第一項第二号により買収すべき旨の買収計画を樹立し、同日から同月三〇日までこれを公告、縦覧に供したものであることが認められ、右認定に牴触する甲第三、三六、三七号証、証人安藤源吾、吉田義雄、松川要人及び被告神尾武美本人の各供述は前記各証拠に照らし信用しない。原告主張の川東村農地委員会議事規則第一〇条は右認定を妨げるものではないし、仮に本件買収計画が右規則に違反して決議されたとしても右決議の効力はそれによつて何等影響を受けない。よつて本件買収計画手続の瑕疵に関する原告の主張は採用の限りではない。

四、以上のとおりであるから本件買収処分は有効であるといわねばならない。ところで原告は本件買収処分の瑕疵のほかに本件売渡処分の瑕疵をも主張しその無効確認を求めているのであるが、仮に本件売渡処分が無効であつたとしても本件農地の所有権は国に帰属する結果になるに過ぎないから、自創法第一六条による売渡、農地法第八〇条等による売払を受け得る等特段の事情の主張のない本件においては、原告は本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しないものといわねばならない。よつて、原告の本件売渡処分の無効確認を求める訴は不適法として却下し、本件買収処分の無効確認を求める請求及び本件買収処分が無効であることを前提とする被告等に対する各所有権取得登記の抹消登記手続を求める各請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 滝川叡一 吉永順作)

(別紙目録省略)

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